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■韓国・盧武鉉(ノムヒョン)前大統領の死去に寄せて(09/5/23)

 5月23日早朝、韓国・盧武鉉(ノムヒョン)前大統領が登山中の崖から墜落死した。遺書が残されており、自殺だと見られている。盧前大統領は、昨年2月の退任後、故郷の慶尚南道金海市烽下村でご夫人と二人で暮らしていた。新しい政権の発足後、盧前大統領の家族が不正な金銭を授受していた疑惑が発覚、盧前大統領自らも検察の事情聴取を受けるなど捜査当局の追及を受けていた。その矢先の自殺に韓国社会は大きな衝撃に包まれている。

 盧武鉉(ノムヒョン)前大統領は、高卒で苦学して司法試験に合格した苦労人で、弁護士時代は人権派として労働争議や貧困者の救済に力を尽くした。政界進出後も、徹底して国内の民主化の実現に力を尽くし、第五共和国(全斗煥大統領)終了後、国会に設けられた光州事件(1980年)真相究明委員会での軍部に対する厳しい追及は、いまも韓国国民の記憶に焼きついている。弁護士としての論理明快さと強い正義感で、国軍が国民に向けて軍事作戦を行った韓国現代史の恥部を、渾身の力を降り注いで追求した。大統領就任後の穏やかな姿とまったくちがう闘志そのものだった。

 盧武鉉政権は終盤、国民からの冷ややかな評価を受けて幕を閉じた。ただし、盧武鉉政権下で実現した民主化実現や市民社会の成熟も決して小さくはなかった。法務部長官に初めて女性弁護士を登用し、対北政策においては徹底して寛容を、ソウル市内のど真ん中に位置していた米軍基地を果敢に地方移転、あるいはその間に実現した国家人権委員会の設置、多文化共生を掲げた在韓外国人処遇法、在韓外国人地方参政権の実現など、人権伸長に遅れを取る東アジア地域の国際的な地位を挽回するかのような数々の人権政策の実現であった。

 盧武鉉大統領は、権威主義を否定し、社会葛藤を怖がらず、言論を重視する姿勢に徹した。しかし、それが仇となって結果的に大統領が弾劾されるという歴史的にも珍しい境遇にもつながった。今思えば、これも政治家盧武鉉にふさわしい“勲章”だったかもしれない。

 私が初めて盧武鉉前大統領に会ったのは、90年代の初盤。国会議員選挙で落選し、浪人中の時代。このときも、立候補さえすれば間違いなく当選すると言われたソウルの選挙区を放棄し、全羅道を基盤に置く野党系候補が圧倒的に不利な釜山に選挙区を移しての落選だった。釜山への愛郷心もあっただろうが、あえて大勢に逆らってでも困難を乗り越えることが自らを奮い立たせる力なのだとの自覚なのであろう。

 そんな盧武鉉前大統領にとって、家族が不正な金銭を授受していた事実は、衝撃だったであろう。まさに自らの半生を否定することに近い重大な出来事ではなかったか。もちろん、盧武鉉前大統領自らも関与が疑われ、在宅のまま起訴される見通しであったために、その名誉の失墜も耐えられないものであったと思うし、現政権への憤りも強かったと思われる。どちらにしても、政権中、再三にわたって語ってきた“権威主義の克服”。そのことが果たして叶ったのか、叶わなかったのか、憔悴しきった様子が伺える遺書の内容からはわからない。

 盧武鉉政権の評価は、今以上によくも悪くもならないであろう。ただ、不正腐敗の限りを重ね、民主化勢力を徹底的に弾圧した元職大統領が穏やかな余生を暮らしていることと比べると、盧武鉉前大統領の記憶は韓国国民の記憶に深く刻まれるのではないか。 盧武鉉前大統領の冥福を心より祈りたい。

(特活)コリアNGOセンター
事務局長 金光敏(キムクァンミン)


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