きたる3月9日には韓国で第20代大統領選挙が行われる予定で、選挙人登録をおこなった在日コリアンも2月23日~28日に在外投票をおこなうことができます。韓国大統領選挙は在日コリアンにとっても教育をはじめとする人権課題やこれからの在日コリアンの生活にも大きく関わってくる大切な選挙です。コリアNGOセンターでは立候補を表明している主要大統領候補に対して、在日コリアンへの施策を積極的に推進するよう、以下の要望書を提出します。ぜひ在日コリアンをはじめ関心のある皆さんに参考にしていただければと思います。なお各大統領候補には2月23日の在外投票が始まる前までに回答を要請し、その内容はホームページでも紹介したいと思います。
在日同胞政策に対する要望書
第20代大統領選挙候補者 貴下
第20代大統領選挙に出馬された貴下に心より敬意を表します。
私たちは、きたる3月9日に実施される第20代大統領選挙が、日本に暮らす私たちにとっても非常に大きな意味を持っており、ぜひ貴下におかれましても大統領選挙の公約として在日同胞政策に対する関心を強く持っていただきたいと考えています。
ついては、今後の在日同胞に対する政策について、以下のように要望いたします。
ぜひとも、選挙公約としてとりいれていただき、今後の政策に活かしていただきますよう、よろしくお願いいたします。
【在日同胞政策の基本方向】
植民地時代から100年以上の歴史をもつ在日同胞社会は、日本の差別・排外政策と南北分断の影響を直接的に受けるという困難な状況のもとにあっても民族性を保持しつつ世代を重ねてきたという点で、他の在外同胞コミュニティと比較しても特殊であると言えます。
そうした状況を踏まえ、私たちは今後の在日同胞政策を考える上で、1.人権擁護と生活権の向上、2.在日同胞コミュニティ活性化、3.韓国社会との多様な疎通、交流の拡大、4.南北関係・韓日関係改善の4つの基本方向にもとづいた政策が必要であると考えています。
【政策要望項目】
1.人権擁護と生活権の向上
①民族教育活性化、次世代育成への支援
現在在日同胞の民族教育は民族学校、民族学級など既存の教育事業を通じて行われています。しかしこうした教育機会は都市部に集中しており、地方では民族教育機会が保障されているとは言えません。また新規入国者、国際結婚家庭、日本籍帰化家庭など、子どもたちも多様化しており、民族学校、民族学級のみならず地域を中心とした社会教育など、多様なニーズに応える形での民族教育を実施していくことが求められています。また子どもたちへの支援と同時に、民族教育に携わる教育者の育成のためのプログラムの開発と実施、在日同胞向けのハングル教育の機会拡充、支援リソーズ(財政支援、人的支援、教材支援など)の柔軟でより効果的な活用が求められています。こうした課題に韓国政府としての積極的な支援を要望いたします。
② ヘイトスピーチなど人権侵害に対する対応
いまだに在日同胞に対するヘイトスピーチや、ウトロ地区での放火事件にみられるヘイトクライムなどの憎悪・差別による犯罪が継続し、在日同胞は不安と恐怖を感じています。2016年には「ヘイトスピーチ解消法」が成立をしましたが、日本政府はいまだにヘイトスピーチ、ヘイトクライムに対する規制、禁止、厳罰での対応には消極的と言わざるを得ません。こうした状況で韓国政府として在日同胞保護の観点からのヘイトスピーチを許さない明確な姿勢を示すとともに、日本政府に対してもヘイトスピーチ規制を求めるよう要望いたします。
③ 在日同胞高齢者・障害者無年金問題の解決
また解放後日本政府が外国人を社会福祉の対象外としていたために生じた在日同胞高齢者無年金、障碍者無年金問題も日韓議連などでは早期解決委向けた決議もされていながらいまだに解決されていません。この問題の解決の第一義的な責任は日本政府にありますが、解放後、日本の差別的政策のもとで苦しんできた在日同胞一世たちの救済のために、また無年金状態にある在日同胞障碍者の生活権を守るためにも韓国政府として早急問題解決を図るための日本政府への働きかけを要望いたします。
④ 韓国在住の在日同胞の兵役義務について
2011年11月の兵役法施行令改定により1994年1月1日以降に生まれた韓国籍の在日同胞男性は、留学などの期間を除き、通算3年以上韓国に滞在すれば、「在外国民2世」の地位を失い、兵役義務を課せられることとなります。しかし十分な民族教育を受ける環境も与えられないまま暮らしてきた三世、四世の在日同胞青年たちが兵役対象になることは韓国との関係を否定的にとらえることにつながります。こうした現状をふまえ「3年以上経過すれば在外国民2世とみなさない」との規定の見直しを要望します。また日本で生まれ育った在日同胞青年たちが兵役義務を遂行することが困難な場合の対応の必要性、あるいはより韓国社会で活躍できる機会の拡大という観点からも、兵役義務を他の業務(地方自治体など公共機関での日韓交流など)で代替する方案の検討も要望いたします。
⑤ 日本の外国人地方参政権実現に向けて
韓国では2006年に永住外国人の地方参政権が認められ、投票が実現していますが、日本ではいまだに実現していません。しかし今後日本のなかで在日同胞が、自らの民族性を保ちつつ、日本の地域社会に参画して、日本社会と共生していく上でも、地方参政権の重要性はいうまでもありません。ぜひともその実現に向けて日本政府に要望してくだることを求めます。
⑥ 在日同胞の現状に即した法的処遇の整備
植民地時代から100年以上の歴史を有する在日同胞も世代を重ね、すでに4世、5世となり、オールドカマーのみならず、ニューカマー、日本国籍者も増えて歴史的背景や法的処遇も多様になっています。また現在韓国に居住している韓国国籍の在日同胞は、実質的には「多文化な韓国籍保持者」なのですが、住民登録がないため社会福祉政策などで韓国国民としての恩恵も受けられず、一方で多文化家庭としての恩恵も受けられない状況にあります。こうした問題を早急に解決する必要があると考えます。またいまでは一定祖国往来が認められている「朝鮮籍」同胞の処遇や日本国籍との二重国籍状態についての整理など、在日同胞の法的処遇についての課題は少なくありません。とりわけ非自発的経緯によって日本に居住することになった歴史的特殊性もあって日本籍同胞が在外同胞ビザ(F-4ビザ)から排除されるケースも少なくありません。こうした課題は在日同胞の権利問題であると同時に、今後の在外同胞を含めた韓民族コミュニティの多様性を発展させるという点からもより柔軟に検討される必要があります。
2. 在日同胞コミュニティ活性化
① 大阪コリアタウンへの支援拡充
多様な課題(人権課題、次世代育成、日韓交流、文化発信など)に在日同胞コミュニティが対応していくためにも多様な在日同胞団体、個人と韓国政府との疎通と交流の機会を拡大し、より柔軟で効果的な支援をおこなっていくことが重要だと考えます。その具体的な課題として多様化し分散化している在日同胞コミュニティ活性化にむけ、「可視化した象徴」的存在としての大阪コリアタウンの役割は大きいと考えます。また大阪コリアタウンは在日同胞コミュニティの象徴であると同時に、韓国文化の発信拠点、歴史・人権の学びの場、日韓交流、地域の多文化共生の場として広く知られています。こうした点もふまえ、韓国政府として大阪コリアタウン活性化への積極支援を要望いたします。
② 次世代育成のための青年支援の拡充
これからの在日同胞コミュニティにとって在日同胞の次世代育成と多様なネットワークの拡大は非常に重要な課題であり、青年たちが出会い、学び、交流できる新しい仕組みとプログラムの開発が求められています。韓国政府が自発的な青年世代の活動をより柔軟で効果的な支援方法を検討していただけるよう要望します。
3. 韓国社会との多様な疎通、交流の拡大
① 統合的な在外同胞政策の推進体制の整備
現在の在外同胞政策は、在外同胞政策委員会、在外同胞財団、政府各部署の関連事業などで推進されています。いま世界各国に暮らす同胞は、190カ国以上、750万人にも達するといわれており、国内総人口5000万人のうち約15%にも達します。そして海外同胞は、その歴史的経過、居住国との関係などを見ても非常に多様であり、直面している課題もさまざまです。またいまや世界化の進展の中で、海外同胞の諸問題の解決に寄与し、在外同胞と韓国社会との紐帯を強め、ひいては韓国と居住国との関係を発展させていくネットワークを活性化させることが重要な課題となっています。こうした大局的な観点から、統合的な在外同胞政策を推進する体制を整備していくことを要望します。
② 多様な在日同胞との疎通
オールドカマー、ニューカマー、日本国籍者など在日同胞社会も多様化しており、また居住地域でも大都市圏や地方では大きな格差があるなかで、民団一辺倒の画一的な在日同胞施策を行っていくだけでは困難があると思われます。一方、各地で人権擁護、教育、高齢者福祉、日韓交流などの課題に関して自発的にとりくみを進めている団体、個人も少なくありません。より効果的な在日同胞施策を推進していくためにも、こうした幅広い人々との疎通を広げて、在日同胞支援をおこなっていくためのネットワークを拡充していくための支援を要望いたします。
4. 南北関係・韓日関係改善
① 韓半島平和プロセスの継続推進と南北関係改善に向けた対応
私たち在日同胞は、南北分断の悲劇の直接的な影響を受けてきたがゆえに、何よりも南北の和解と交流の促進、共存と共栄、そして統一を願っており、この間進められてきた韓半島平和プロセスは私たちにとっても希望を与えてくれるものでした。残念ながら朝米関係改善の停滞により困難な状況にはありますが、南北の共存共栄は必ず成し遂げなければならない課題であると考えます。そうした観点から次期政権でも韓半島平和プロセスを継続推進していただけますよう要望いたします。
② 韓日関係改善に向けた対応
韓日両国は、東アジア地域の平和と繁栄にとって不可欠で最も重要な隣国関係であることはいうまでもなく、在日同胞の生活にとっても韓日関係がどのような状況にあるかは極めて大きな影響を与えるものです。両国関係の改善は誰しもが望むことではありますが、現実的には過去の歴史をめぐる深い対立があり、「徴用工」、日本軍「慰安婦」問題などをめぐって次期政権でもその葛藤は続くと思われます。
私たちは、韓日関係の改善を心より望むものではあります。しかし過去の歴史に目をつぶり、被害者の心を傷つけたままでは、韓日関係の発展は望めず、ましてや過去の歴史を継承できない関係は、将来の両国間の不信を広げることにつながりかねません。
私たちは韓国政府が、いまだ未解決の過去の清算に対して、被害者の声に真摯に向き合いながら、建設的で、問題解決を志向する姿勢を堅持しつつ関係改善に向けた最大限の努力を要望いたします。
③ 韓日交流プログラムの拡大
歴史問題をめぐる葛藤はありつつも、韓日間では経済・文化・スポーツ・青少年交流などあらゆる分野での交流協力が進められてきました。政治・外交分野とは別にしてこうした交流はよりいっそう拡大されていくべきであると考えます。いま日本でも音楽、ドラマなど韓流コンテンツに関心を持つ人々が増えており、文化を通じて社会、歴史への関心も広がりを見せています。いまだコロナの影響で対面での交流が困難ではありますが、中長期的にも多様な分野での韓日交流拡大にむけた支援を要望いたします。同時に、韓日交流活性化、在日同胞の次世代育成という観点からも多様な在日同胞との疎通と連携を図っていただきますよう要望いたします。
2022年2月
特定非営利活動法人コリアNGOセンター
代表理事 林範夫 郭辰雄